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台湾茶の歴史

 20年ほどまえ、私が子どもの頃は、午後、学校から帰ってきたら、必ずといっていいほど、大人たちが仕事の合間に、家の前の空き地に茶卓を囲んで、お茶をかたわらに、政治や経済の話、巷のうわさなどと世間話に熱中していました。お父さんが座る低いベンチの横に腰をかけたら、近所のおじさんが決まって「来来、喝一杯下午才有精神!」(さあ、おいで、お茶を一杯ぐいっと飲んだら、午後元気が出るよ!)と茶海からお茶を注いで差し出してくれます。
あの頃は、茶道具こそ有り合わせのもので、淹れ方もこれといったルールもなかったのですが、青空の下、茶卓の周りは、いつも立ちのぼるお茶の香り、賑やかな人だかり、げらげらと大人たちの笑い声。お茶はその場の雰囲気を盛り上げ、人々を楽しくさせるものだと、子どもながら覚えた台湾茶あっての生活風景でした。

 

 淹れた後の茶殻は、母は「捨てるの、もったいない」と言って、掻き集めて庭先に広げて天日干しをします。暑い夏の日は2、3日たったら、茶殻がかさかさと音がする程度に乾燥したら、それを枕の中に詰めて「お茶枕」を作るのです。子どもの頃はよくかさかさ音のするこのお茶枕で枕合戦しました。そんな枕は、じめじめした寝苦しい夏の夜には大活躍です。ほんのりお茶の香りを放ち、こもった熱を逃すこの枕は、汗かきの子どもたちを安眠に導きます。
料理にも茶殻が活用されていました。台湾料理はこってりしたものや魚介類を使った料理が多いですが、茶殻を入れると、炒めものや揚げ物の脂っこさが和らぎ、魚介類の臭みもなくなります。私が大好きだったのは、豚のバラ肉と玉子と一緒にコトコト醤油味に煮込んだ茶葉でした。とろとろに煮えた茶葉を、小口切りにした角煮と玉子と一緒にアツアツのご飯の上に乗せて、煮汁を少しかけたら、田舎風のどんぶりご飯の出来上がりです。これをもって、庭先のベンチに腰掛けて涼みながら、ご飯を口いっぱい頬張ったものでした。
父も茶殻の利用に一役買っていました。私の住む田舎は海が近くて、砂ぼこりが多いので、一日でも掃除しないとすぐほこりが溜まります。そんな毎日の掃除に、父が、水分を含んだ茶殻を活用しています。茶殻を適当に床にまき、ほうきで掃きます。茶殻に含む水分のおかげで、掃除する最中にはほこりがたたず、細かいほこりやゴミが茶殻に付着するので、掃除の効率もアップします。
掃除に使った茶殻もこれで役目が終わったわけではなく、最後は植木の肥料になるのです。大きいゴミを取り除いたら、それを植木の根元に敷き詰めます。茶葉に残った栄養分は土に混ざって徐々に溶け出して、植木のかっこうの肥料になるのです。

 

 高校を卒業して、ふるさとを離れ、私は台北にある政治大学に進学しました。この大学は中国茶が最初に伝来した「木柵茶区」(俗称「猫空」マウコン)にあり、古くから鉄観音と文山包種茶の名産地です。週末にでもなると、山へ通じる細い道が、山へお茶を求める車の列で混雑していました。
政府の奨励もあって、猫空一帯が観光茶園として有名で、茶農が経営する茶園があっちこっち点在しています。深夜営業、山の斜面にそったオープンテラス、給湯のセルフサービスなどが特徴のこれらの茶園は、平日では都会の喧噪から離れて静かに過ごしたい人が多く、休日では家族連れや恋人どうし、大学のコンパで賑わっています。
真夏の昼でも山の空気が涼しく、谷間に広がる一面のお茶畑や自生の植物たちの鮮やかな緑は、お茶を飲みに訪れるお客さんたちには最高のもてなしです。ときよりにわか雨が降った後、空気が一段と清々しくなります。美味しい空気とともに飲み干す一杯の茶湯の美味しいこと。
夜になると、谷間からどことなく夜露が漂ってきて、じつに幻想的でロマンチックです。テラスの外を眺めると、山に囲まれた台北市の夜景は、真っ暗の山とは対照に、揺れる空気とともに星のようにまばたき、なんとも美しいです。そんな夜景に見取られ、時間が止まったようにすら感じられます。肌寒い山の空気を吸って、だんだんと冷えてきた体をあたためる茶湯を一杯ぐいと飲み干したら、仲間たちとバイクで一気に山の斜面を駈けおります。そんな台湾茶あっての大学生活でした。

 

  台湾茶とは30年近く付き合ってきた私は、来日をきっかけに、生活のいろいろな情景に溶け込んだ烏龍茶が、日本では主に健康・ダイエット効果で人気があると知りました。また、人と人の会話を盛り上げる台湾茶の作法「功夫茶」(ゴンフーチャ)と、静寂や非日常を演出する日本の茶道とは根本的に違うことも知りました。
 はじめて日本で飲んだ缶入り烏龍茶に衝撃を受けたことは、いまでも覚えています。くすんだ茶色をしたそのお茶は味も香りは悲しいほど薄く、私たちが慣れ親しんだ澄んだ黄金色をした甘く芳醇な烏龍茶とはまったくの別物でした。そこで、私は思いました。健康・ダイエット効果うんぬんを語るまえに、まずはほんとうに美味しい烏龍茶を知ってもらうことです。それがなぜ私が聞茶会の開催にこだわる理由の一つです。
 また、茶卓を囲んで楽しくコミュニケーションするという台湾茶スタイルを体験してもらうためにも、聞茶会の開催が欠かせないと考えています。
聞茶会の募集ハガキ・チラシから、茶卓のセッティング、お茶請けの準備、台湾茶の知識伝授、配布資料など、すべてがスタッフが手づくりで行っています。それも、聞茶会にお越しの皆様が手づくりの温かみを感じてもらいたいからです。

 

いまは「台湾茶」というと、世界的なブランドの一つであり、種類といい、楽しみ方といい、私の子供の頃からは想像できないほど大きく変わりました。田舎の青空や庭先のベンチより、都会的で洗練された家具と照明が似合うものへと様変わりしてきました。そう思うと、ちょっぴり寂しい気もしますが、たまに仲間と茶卓を囲んで、お茶を啜っていて、ふっとあの古くなった田舎のベンチを思い浮かぶときは、もしかしたら、お茶は時代が変わっても、飲むスタイルが変わっても、飲む場所が変わっても、ほんとうは今も変わらず台湾人の心のどこかに存在しているのではないかと感じます。茶湯一杯から始まる台湾茶と私の物語。皆様にもぜひ台湾茶をかたわらに、楽しい時間、ロマンチックな時間、癒しの時間など、さまざまな物語を刻んでいくことを願っています。


 


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